メタバース等のバーチャル空間で生み出す、人と人のつながりと幸せ デジタル技術を活用した嬉野市の観光支援プロジェクト

INTRODUCTION

2022年9月23日、西九州新幹線の一部区間が開通しました。武雄温泉駅から長崎駅までの開通区間の中でも、嬉野温泉駅の誕生は鉄道路線に縁がなかった嬉野市民にとって大きな喜びになっています。近年、団体ツアーよりも個人旅行の比率が高くなり、コロナ禍でインバウンド客が大きく減少した嬉野市は、西九州新幹線の開業に合わせて内閣府の「未来技術地域実装事業」に申請。令和4年度から4年間の事業として採択されました。日本工営はこの事業を推進する主要メンバーとして、ビッグデータの活用、メタバース空間や360度カメラのVRによる観光情報の受発信など、前例がない大胆な取り組みを進めています。

渡部 康祐

PROFILE

  • 日本工営株式会社 コンサルティング事業統括本部 福岡支店 基盤技術部 次長

    渡部 康祐(わたべ こうすけ)

    2001年入社。統合情報技術部に配属。情報を切り口に、様々な諸課題に取り組む。地デジ放送向けの防災システム計画や高度交通システム(ITS)、自動運転実証事業や電気通信設備におけるコンサルティング業務に従事。嬉野市の未来技術地域実装事業では、リーダーとしてチームを指揮すると共に、現地での折衝や協議にも意欲的に参加し、まちづくり全体を統括している。

  • 部署名および役職・インタビュー内容は取材当時のものです

STORY

ビッグデータの活用という新しいまちづくりの手法をいち早く確立し、多くの人の幸せに貢献する

―すでに利用が開始されているメタバース空間の『デジタルモール嬉野』にログインする時に、ひとつの驚きがあります。それは、専用ガジェットなどが一切必要なく、誰でもスマートフォン、タブレット、PCのWebブラウザで楽しめること。内部に入ってみると、自らのアバターを操作して嬉野駅周辺と観光案内所の中を探索できます。案内所の各部屋には観光情報を具体的に知ることができる工夫も。360度カメラによるVRの『バーチャル嬉野・嬉野散歩』では、道路沿いの風景だけではなく、店内の様子も見ることができます。プロジェクトリーダーの渡部に、これまでに実現したことや未来への展望を聞きました。

嬉野のバーチャル観光空間
うれしの茶屋の360度体験、デジタルモール嬉野内の観光交流センター 更に360度体験可能、バーチャル嬉野・嬉野散歩
渡部

これまでの嬉野市の観光業は、旅マエ、旅ナカ、旅アトのうち、旅ナカに特化したものでした。その理由は、「日本三大美肌の湯」とされる嬉野温泉、九州三大茶産地で作られる嬉野茶、陶芸の肥前吉田焼、忍者村、山海の食など、来てさえもらえれば満足してもらえる豊富な観光コンテンツを有していたからです。少し前までは、団体旅行の観光客受け入れがメインだったので、旅ナカだけでも十分な収益を上げることができました。しかし、現在は観光客の趣向の変化やコロナ禍の影響などもあり、旅マエと旅アトの強化が急務になっています。特に旅マエは現地の様子や何が体験できるのかという情報発信が必要不可欠。旅アトでは名産品を販売するEC機能を拡充しなければ、旅ナカの満足感を最大限に活かしきれません。

また、嬉野は歴史が長い観光地のため、どうしても未知の新しい取り組みよりも、豊富な経験を基にした計算できる従来の商習慣が優先されます。この気持ちは痛いほどわかります。何かを変えなければならないと感じていても、不確実なことになかなか足は踏み出せませんから。そこで取り組むことになったのがビッグデータの活用です。数字の裏付けがあれば、強く押し進めることと、そうでないことをより正確に判断できます。また、新しい課題を発見できれば、新基軸の創出も可能になります。新幹線の開業後から獲得し続けてきたデータを使い、今まさに第一段の解析を行なっているところです。

令和4年度は4年計画の1年目ですから、まずはプラットフォームづくりを最優先しました。2022年10月現在、メタバース空間では嬉野温泉駅周辺と観光案内所の中をアバターで移動でき、観光スポットやアクティビティの情報を見ることができます。360度カメラでは、市街地の道路沿いの風景を完備。加えて、「うちを取り上げて!」と手を挙げてくれたお店の中の様子や魅力が伝えられるようにもしています。

これらの次年度の計画ですが、ビッグデータの解析結果を使い、市民の方々が協議して決めたことを力強く推進していきます。あくまでも個人の予測ですが、市街地と新幹線駅は1.5kmほど離れているので、その移動経路に対するサービスづくりや市街地のメタバース空間づくりは必要になると感じています。

まちづくりはエレガントではなく汗をかくもの
現場を体感し続けることで未来が生まれる

―現在の心境を渡部に尋ねると、「大変だけれども、楽しい」と話します。事業の準備期間を含めると、すでに数えきれないほど嬉野市に行き、街の人々にもたくさん会ってきた模様。「苦労もありますが、どんどん街の人が一緒にやろうという空気になってきているのが何よりもうれしい」と行動を続けています。その原動力とやりがいはどこにあるのでしょうか。

渡部

今は事業の4年目のうち1年目ですが、前例がないため、スタート時点で現在の姿を思い浮かべられる人はほとんどいませんでした。それは、受け入れる側の市民の皆さんだけではなく、協力関係の企業や日本工営のスタッフという作る側も含めてのこと。こつこつと、熱意を持って計画を実行し作り続けていく中で、何かが具現化していく度に目が向き始めた印象です。特にデジタルモール嬉野は、でき上がってすぐに「なるほど!」という理解が増えました。新幹線の開業後に会った人たちから聞いたのは、「子どもがデジタルモール嬉野で遊びたいとスマートフォンを離してくれなくて困ったよ」という声。これまでの観光ポータルサイトやECサイトは、お金を自由に使える世代が主なユーザーでした。しかしメタバース空間は、世代をまたいで訴求できるものだとあらためて気付かされた次第です。

これからあと3年間、嬉野に観光客を呼び込む施策を市民の皆さんと協働していきます。最も大切に考えているのは、自分ごとだと思う人を増やしてチームにしていくこと。例えば、多くのWebサイトを見ると更新が止まっているものが散見されます。費用対効果を見出せなかったことや効果が出始めるまで待てなかったこと、関係者が操作方法を知らなかったことなどが主な理由。そのため、今回の『デジタルモール嬉野』や『バーチャル嬉野・嬉野散歩』では、「自らで情報発信と更新ができる体制づくり」を目標に掲げています。持続可能な魅力発信の仕組みを創ることが、観光地に幸せな人を増やすために必要なことになっていくように動き続けています。この事業には数社の企業が関わり、日本工営は主に計画や設計を担当しています。こう聞くと、オフィス内でデスクワークをしているような印象があるかもしれません。しかし実態は異なり、まちづくりは決してエレガントなものではなく、汗をかくものです。何度も現地に足を運び、たくさんの人と出会うことを繰り返していく中で、やっと計画の糸口が見つかります。新幹線の開業日から数日間は、観光局のLINEのプロモーションを精力的に行いました。このような苦労は山ほどありますが、デジタルモール嬉野がカットオーバーした時のように、人々が喜ぶ姿を見ると、それ以上の達成感に包まれます。街の人々と、より良い未来に向けて一緒に歩んでいるのだという実感こそ、私の原動力とやりがいです。

まちづくりの究極の目標は幸せになる人を増やすこと
すべての機会がそのための経験となる

―現在、日本工営と他数社で取り組んでいる本プロジェクトは、他の地域にも横展開できる可能性を秘めています。特にビッグデータを蓄積して分析し、その結果を基に課題解決の戦略を立案するというスキームは最たるもの。対して、最も注目を浴びているメタバースは、5年後や10年後といった未来にどのようなポジションにいるのかは誰にも想像できないものです。では渡部は、どのような未来を見据えて本プロジェクトに取り組んでいるのでしょうか。

渡部

確かにメタバースを含めて新技術の未来は予測ができません。でも、何も恐れることはないと考えています。なぜなら、デジタルモール嬉野やバーチャル嬉野・嬉野散歩で醸成しているのは、人々が一致団結して取り組むための「つながり」だからです。仮に新しい技術が台頭してきても、メタバースの延長線上の可能性は高いですし、何よりも嬉野には取り組むためのチームが今は存在しています。これまでの観光プロモーションの課題のひとつは、活用のための能動的なチームが組織できなかったこと。新技術はどんなに華々しくても、目的に近付くための手法に過ぎません。もっと言えば、活用するチームさえ機能していれば、技術面での担い手はいくらでも存在しています。最も大切なのは、街をどうしていきたいかという方針づくりと、それを底支えする熱意だと確信しています。

私は自らを「ハッピーマニア」と自称しているのですが(笑)、誰かを幸せにするためにコンサルタントという職業や仕事があるのだと考えています。今回のような街を観光で地方創生するという大きな事業は、その先に誰かの幸せのタネがたくさんあるのは間違いありません。そのタネを市民の皆さんと探すのはもちろんのこと、協力会社や日本工営のスタッフたちとも見つけていきたいと考えています。「まちづくりは人づくり」という言葉がありますが、街の未来を作るという大きな課題解決に取り組むことで、ステークホルダーの皆さんが幸せを目指しています。そうして気付けば、周囲には「がんばろう」や「ありがとう」という言葉が増え続けてきました。熱意と感謝の輪を更に広げ、更に素晴らしい嬉野の未来の姿を見られるように、これからも全力でこのプロジェクトに取り組んでいきます。

Team嬉野のメンバー

―これからのまちづくりに、ビッグデータの活用は不可欠なものになっていくことでしょう。嬉野市の事業は未来への重要な試金石。新技術を使うことで、従来のまちづくりと大きく変わったのは計画スパンの短さです。どんどん新しいデータが蓄積され、新しい解析結果が出てくるため、計画に柔軟性が必要になってきました。まだまだ新技術がどんどん掛け合わされていくまちづくりの分野で、日本工営はこれからも多くの人が幸せになれる未来を見据えてまちづくりに取り組んでいきます。

  1. ホーム
  2. プロジェクト紹介
  3. メタバース等のバーチャル空間で生み出す、人と人のつながりと幸せ
ページトップへ戻る