災害の経験を安全な環境で積み上げる浸水VR

INTRODUCTION

大規模災害は、それまでの日常を突然奪ってしまう恐ろしいものです。その起こり方には2種類あり、地震のように突発的なものもあれば、津波や降雨災害などのように発生の予兆があって避難が可能なタイプもあります。これまでの大規模水災害の被害調査研究データを見直すと、逃げれば助かったはずの命があまりにも多いことが分かってきました。避難の行動を起こしてもらうきっかけになる最たるものは、被災の経験です。しかし、災害の経験や体験は気軽に得られるものではありません。そこで、日本工営では経験に結び付くほどリアルな被災シミュレーション映像『浸水VR』の制作に注力しています。

PROFILE

  • 日本工営株式会社 事業戦略本部 デジタルイノベーション統括部 統括部長
    東北大学災害科学国際研究所 特任教授(客員)

    櫻庭 雅明(さくらば まさあき)

    1994年入社。入社以来、水理実験や数値シミュレーション、河川分野の情報システム設計・開発など、河川・海岸分野に従事。2004年3月に博士号(工学)を取得。2018年7月に中央研究所 先端研究開発センター センター長に就任後は、AIやデジタル応用技術に関する研究開発に着手。2020年7月より事業戦略本部 デジタルイノベーション部 部長(現、デジタルイノベーション統括部 統括部長)として、日本工営グループのDX全般を推進。

  • 日本工営株式会社 中央研究所 先端研究センター
    東北大学災害科学国際研究所 特任准教授(客員)

    野島 和也(のじま かずや)

    3次元FEM流体解析の計算格子生成と最適化問題に取り組み博士号(工学)を取得。博士課程とその後の数値解析専門企業にて、解析技術やネットワーク構築技術を培い、東北地方太平洋沖地震後の2012年入社。津波防災業務をはじめ、多くの数値シミュレーション実施業務に従事。災害の見える化に重要性を感じ、2014年よりVR/AR技術の開発に着手。XR技術のエキスパートとして、日本工営グループにおけるVR/AR/MR技術の活用と生産拠点の拡大を推進。

  • 日本工営株式会社 中央研究所 技術開発センター

    渡辺 陽太郎(わたなべ ようたろう)

    2021年入社。技術開発センター水理水質グループに配属。津波浸水解析、洪水氾濫解析等など、水防災に関わる数値シミュレーションを切り口に業務および研究開発に従事。2022年より浸水VRの開発に加わり、メタバースの知識を活かして、技術の高度化を行っている。

  • 部署名および役職・インタビュー内容は取材当時のものです

STORY

新技術がリリースされる度に先駆的に取り組んできた結果、今の浸水VRが存在する

―映像の世界は、常にリアルに近付こうと技術が進化しています。防災分野においても、被災体験に結び付くほどリアルな映像表現が常に求められ続けてきました。その課題に対して防災のプロであり、自社研究所でVR技術の開発を行う日本工営はどのように解決法を提供してきたのでしょうか。プロジェクトに関わる櫻庭、野島、渡辺に話を聞きました。

野島
津波のシミュレーションでは、いつの時代も最先端かつこれまでにないほどリアルな表現による映像化が試みられてきました。その理由は、浸水の予測範囲図からは想像が難しい津波災害において、安全な環境で被災の経験を積んでもらい、いざ大規模災害が起きた時に行動できるようにするためです。映像がリアルなほど、獲得する経験値が大きくなることは各種研究で明らかなので、国や自治体とも連携しながら弊社独自のインフラや防災の視点を盛り込んで開発を続けてきました。
櫻庭
ハードの観点で最も時代が動いたのは、2016年です。2016年は、それまで室内をスクリーンで埋め尽くすほど大掛かりな技術だったVRが、ヘッドマウントディスプレイ、つまりゴーグル型の出現により圧倒的に小型化された年です。弊社は防災のプロとして3次元解析の結果を平面モニタに映し出す時代から災害シミュレーション映像を制作し続けてきました。そのため、この分野には相当なアドバンテージがあると考えています。防災のプロやVRのプロはそれぞれ存在していますが、防災とVRの双方を長年取り組んできたプロはなかなかいないからです。
渡辺
これまで、浸水VRのお客様の多くは国や自治体でした。しかし、近年は民間企業とのコラボレーションも増えています。2022年には大手損保会社さんと大阪と横浜で「震災対策技術展」に共同出展しました。浸水VRを活用したい民間企業との協業が増えていることで、多くの人の命を救うという使命をビジネスの中でも体現できる時代になったと感じました。
野島
多くの方に「すごい!」と驚いていただける浸水VRですが、私たちは現状に満足していません。最新技術の登場により、これまで労力が必要だった基礎的な開発が省力化されつつあります。だからこそ、津波の知識を学べるコンテンツを連動させたり、細かい箇所の精度を向上させたりするなど、「工夫」の箇所を充実させていきたい。これからは、さらに総合コンサルタントの日本工営らしい浸水VRになっていくと考えています。

3Dモデリングと可視化の技術は、街づくりの様々な技術と連動できる

―リアルなVR映像が被災の経験となり、実際の災害時に備えや避難行動につながります。ともすると、たくさんの人の命や暮らしを救う可能性を秘めた浸水VRですが、その成果は数字では表れにくいもの。このプロジェクトに携わる3名はどのようなやりがいや使命感を持ち、日々の業務に取り組んでいるのでしょうか。

野島
災害はいつ来るか分からないものですし、そもそも体験したくはないものです。しかし、何らかの体験をしないと怖さが理解できず、備えや初動に結び付きません。私は浸水VRの技術を通じて、未来に必ず日本のどこかで起こる大規模災害の時に、逃げて助かる人を一人でも増やしたいと考えています。そのためには、何よりもリアルな映像が必要ですし、ハードもソフトもまだまだ伸び代がある技術と考えています。インフラと防災のプロであり、VR技術をずっと培ってきた私たちがブレイクスルーを起こすべきだと考えて日々の業務に取り組んでいます。
櫻庭
日本工営がDXの改革を行っていく中で、特に注力しているのは3Dモデリングと可視化の技術です。弊社社内には、ダムや河川、道路、鉄道、都市、交通、電力、防災など、様々なインフラに関わる部署があり、どの分野も3Dモデリングと可視化の技術を磨いてきました。DX化を進める前は、考え方やデータを部署間で共有しづらいこともありましたが、今は違います。社内の豊富なリソースが一気に融合して化学反応を起こし始めました。民間協業も増え、まさに社会貢献とビジネスの両輪が出揃ってきた段階でもあり、浸水VRのプロジェクトは、さらにおもしろいことになっていきそうです。
渡辺
展示会などで浸水VRの説明をしていると、1メートルの津波で人は生きていられず、2mの津波になると木造建築が流されてしまうという基本的なことも周知されていないことに気付きました。高精細でリアルな浸水VRを見ながら、そのような基礎学習ができれば、おそらく体験の効果も飛躍的に向上すると考えています。可能な限り多くの人の命や暮らしを守る技術としてトータルパッケージ化していくことが楽しみです。
展示会での体験の様子とVRイメージ

精度が高い津波の解析結果をもとに、さらに地域特化した防災計画が立案される時代に

―可能な限りリアルなVR映像を追い求めてきた日本工営の浸水VRのプロジェクトチーム。この技術が進化していくと、どのような未来が拓けるのでしょうか。現在見えている課題と解決方法とともに、将来について語ってもらいました。

櫻庭
この技術の意義は、防災体験がデジタル空間の中で完結できることです。VRといえば、デジタル化や可視化という印象が強いですが、私たちは目的ではなく、あくまでも有力な手段のひとつと捉えてきました。長年、国や自治体と連動して取り組んできたのは、「体験」を増やすこと。その目標を実現するためにVR技術が存在しています。
浸水VRの今後の活かし方ですが、防災計画のバージョンアップに必要不可欠なものになると考えています。VRに投影している解析データ自体が高精度なもののため、これまでの津波がくる時間や最大浸水深という従来のデータとは一線を画すものです。途中経過も詳細に分かりますし、これまでのハザードマップに表示されているメッシュよりも精度が高く、より狭い地域の具体的な防災計画を立案できるようになります。
野島
ハードの進化にソフトがまだ追いついていません。機械がどんどん良くなりますが、そこに良い映像を投影する方法は自動でアップグレードされるものではないからです。つまり、自らの努力が大切だからこそ、総合コンサルとして様々なインフラや防災に携わってきた弊社の経験が生きてくると考えています。
現場では常に試行錯誤の連続です。とある場所の土石流のシミュレーションを行ったのですが、その土地の地形データと航空写真、さらには数値計測も合わせて万全の体制で映像を作成しました。しかし、そこの出身者の方から「まだ何か違う」と言われてしまうのです。機器が良くなると、人は大きな期待をしてしまうもの。もっともっとと言われることは多々ありますが、そのニーズの中に、リアルな3D映像を作るカギがあると考えて全力で取り組む毎日です。
渡辺
お年寄りの方々などに向けた、もっとやさしい防災コンテンツの提供を目指したいです。実際に展示会では、「体験は怖い」「体験しなくても想像できる」など、高齢の方にVRゴーグルを付けてもらうことすらできないこともありました。体験なくして備えや初動には結び付きません。できるだけ多くの方にVRで防災体験をしてもらえる方法を考えて実現していきます。

―浸水VRは、人々の現在の生活を守るきっかけになるものです。これまで歩んできた日常を失う可能性が高い大規模災害時に、少しでもたくさんの人に助かってほしい。その願いは防災に関わるすべての人の願いでもあり、長年、防災業務に取り組んできた私たち日本工営の願いでもあります。「人々の豊かな生活を実現すること」も、「人々の豊かな生活を失わないようにすること」も、両方を目指して日本工営は技術の向上に努めています。

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